Considering ~ (図解追加)

 
腕試し。
いわゆる Considering ~ の分詞構文(分詞節)というやつですが、
ある本のしょっぱなに、こんな英文がありました。
 

 Considering our present advanced state of culture, and how the Torch of Science has now been brandished and borne about, with more or less effect, for five-thousand years and upwards; how, in these times especially, not only the Torch still burns, and perhaps more fiercely than ever, but innumerable Rush-lights, and Sulphur-matches, kindled thereat, are also glancing in every direction, so that not the smallest cranny or doghole in Nature or Art can remain unilluminated, ― it might strike the reflective mind with some surprise that hitherto little or nothing of a fundamental character, whether in the way of Philosophy or History, has been written on the subject of Clothes.


これで一文です。
単語としてはあまり難しくないのですが、構造が見えない。。

何の文章かというと、新渡戸稲造が17,8歳のころスラスラ読んでいた
カーライル『衣服哲学』の冒頭部だそうです。
斎藤兆史著『英語達人列伝』(中公新書)から引用しました。

和訳はこういう感じ。(石田憲次訳)

我が国の文化の現在進んでいる有様を、そして学問の炬火(きょか)がもう二千五百年(原文ママ)以上もの間振りかざされ担ぎ回されて或る程度の効果を挙げていることを、特に近頃はその炬火が、相変わらず、いな恐らく愈々(いよいよ)勢猛に、燃えさかっているばかりでなく、それから火を分けて貰った数限りもない燈心草蝋燭や擦附木も四方八方に閃いていて、自然界芸術界のどんなにちいさい隙間も小穴も光の及ばぬ所はないことを、考える時には、衣服の題目に関して、哲学の方面でも歴史の方面でも、基本的の書物が今以て殆ど(ほとんど)全く書かれていないことは、心ある人に多少奇異の念を感じさせるのが当然であろう。


つまり、Considering で始まる分詞節は、unilluminated, まで続いてたのですね。。

図解してみますと・・・


Considering (「考える時には」)

  (A) our present advanced state of culture,

    and

  (B) how the Torch of Science has now been brandished and borne about,
     with more or less effect, for five-thousand years and upwards;

     (C) how, in these times especially,

       not only the Torch still burns, and perhaps more fiercely than ever,

       but innumerable Rush-lights, and Sulphur-matches, kindled thereat,
       are also glancing in every direction,

       so that not the smallest cranny or doghole in Nature or Art can
       remain unilluminated,


consider している対象は、上の (A) と (B) であり、
(C) 以下は、(B) を敷衍しているんだと思います。
そして (C) 以下の中で、not only ~ but also の形。


it might strike the reflective mind with some surprise

that hitherto little or nothing of a fundamental character,
whether in the way of Philosophy or History,
has been written on the subject of Clothes.


it が形式主語で、that 以下が真主語。


ということを踏まえて、くだけた訳にすると・・・(桃尻風?)

こんなに文化が進んでてさー、それに「学問の聖火」ってやつが振りかざされて担ぎまわされて、なんやかやと五千年あまり、特に近頃ときたら、「聖火」がまだ燃えてるっていうかいよいよはげしく燃えさかってるだけじゃなくて、無数のロウソクやらマッチやらに火が分けられて、あらゆる方向に光が向けられて、自然界人間界のどんなに小さい隙間や穴も、照らされないところはないって感じなのに、よく考えたらちょっと衝撃かもね、いままでほとんどっていうかまったく、哲学の面でも歴史の面でも、あのことについてじっくり書かれたことがなかったというのは、ってのはつまり、「衣服」のことね。


思いきり持って回った言い方をしといてストンと落とす、
一種のギャグなんですよね。

スラスラと読めたら、楽しいでしょうね。
がんばろ・・・
 
 

コメント

No title

『衣装哲学』は、研究社の小英文叢書を持っています。
いつか読もうと思って買ったのですが、未だ全く手付かずです。
新渡戸稲造だけでなく、明治時代には広く読まれた本のですね。
『我輩は猫である』にも、確か出ていました。
スラスラでなくてもいいから、読めるようになりたいです。

Re: No title

シェイクスピアさん、こんばんは。

> 『衣装哲学』は、研究社の小英文叢書を持っています。

小英文叢書で出てたんですね!知りませんでした。。

> いつか読もうと思って買ったのですが、未だ全く手付かずです。

お気持ち、よくわかります。
名著といわれるものはやはり手元に置きたいですよね。
私も、「いつか」と思って手付かずの本が山ほど。。

> 新渡戸稲造だけでなく、明治時代には広く読まれた本のですね。
> 『我輩は猫である』にも、確か出ていました。

あっ、そうでしたか。
月並みですけど、明治の人って、すごいですよね。。

> スラスラでなくてもいいから、読めるようになりたいです。

本当にそうですね。
エントリーに上げました書き出しも、要するに、
「こーんなに文化も学問も花盛りで、アカデミズムに限らず、
 たくさんの人が、あらゆることについて本を書いているのに、
 ぽこっと抜けてるテーマがあるんだなぁ、それは“衣服”。」
ということを、ユーモラスに書いているように思えます。
なので、たぶん、しかつめらしく読む本じゃなくて、
若干ニヤニヤしながら、妙を味わうような本なんでしょうね。
味わえる読解力が欲しいですが、そのためにはやっぱり、精読ですかね。。

コメントの投稿