柳生の徳政碑文
先日、奈良の柳生街道を歩いていました。
山道に入って歩いていたら、周りの風景とはそぐわない、巨きな丸い白い岩が一つありました。
直径2〜3メートルでしょうか。とにかくデカい。
岩の側面にお地蔵様が彫ってある。「疱瘡地蔵(ほうそうじぞう)」というらしい。
説明書きを読む。すると、驚くべきことが・・・
この石仏は、元応元年(1319年)の刻銘をもつ古いもので、疱瘡よけを祈願して作られたと伝えられています。この像の右下には、「正長元年ヨリサキカンベ四カンゴウニヲヰメアルベカラズ」と彫られており、「正長元年(1428年)以後は春日社領四カ郷(大柳生・柳生・阪原・邑地)には負債はない」という意味で、徳政一揆の際に農民が貸借なしを宣言した貴重な記録です。
なんと、日本史の教科書に載っている、あの「徳政宣言の碑文」か!!
と、私は一人感動し、興奮を禁じ得ませんでした。
別のプレートを読む。
史跡 正長元年柳生徳政碑 昭和58年5月19日指定
元応元年(1319)十一月の銘をもつ「ほうそう地蔵」の向って右下、長方形の枠取りの中に「正長元年ヨリ/サキ者カンへ四カン/カウニヲ井メアル/ヘカラス」と刻む。
大正14年に地元柳生町の研究者杉田定一氏が正長元年(1428)の徳政を記念する碑文とし、「正長元年より先は神戸四箇郷(春日社領の大柳生・柳生・阪原・邑地(おうじ))に負目あるべからず」とその文意が現在解釈されている。
石刻の時期については諸説あるが、正長徳政一揆によって行われた負債の取り消し(徳政)について民衆が刻み残した資料としてその価値は高い。 奈良市教育委員会
見れば確かに、お地蔵様の右下に四角く彫られたところがあって、その中に文字が刻まれているよう。
へえ〜、こんなふうに存在したのかと、しばし感嘆いたしました。
超有名な一級史料に、ひょこっと出会えてしまった。。
柳生にお立ち寄りの際にはぜひ。
20年前の缶詰
冷蔵庫を片付けていましたら、牡蠣の缶詰が出てきました。
賞味期限を見ますと、01年。つまり、賞味期限を過ぎてから17年経っている。
製造されたのは、たぶん20年ほど前でしょう。
でも缶詰だから大丈夫だろう、そもそも缶詰に賞味期限があるなんておかしい、などと理屈をつけながら、缶を開けて食べてみました。
うん、まぁ、大丈夫。
缶詰ってすごいなぁ。あるいは、冷蔵庫の奥深く眠っていたからか?
貴景勝初優勝!
やりましたね。いやぁ、面白かった。
ちょっと硬くなってたようですが、錦木に勝利。
高安は最後あせりましたかね。強引に出たところを倒された。
画面いっぱいに、土俵に転がって痛恨の、高安の表情が映し出された。
御嶽海がとてもいい相撲を取ったと思います。最後に意地を見せた。
面白い千秋楽でした。
場所前は、貴乃花追い出し?問題で、人気が地の底だった相撲界。
場所が始まっても空席が目立ち、どこが満員御礼?状態。
それが貴景勝の快進撃で救われました。ここ数日はすごく盛り上がった。
私は前から貴景勝を応援してました。(自慢)
博多人形のようにかわいいし、ファイトあふれてて見てて気持ちがいい。
勝ってもニコリともせず、無愛想なのもいい。
相撲に真摯に取り組んでるなぁ、という感じがする。
来場所以降もぜひ活躍してほしいです。
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