八重桜 目もくれないで 遊ぶ児ら

 
ちょっと前に作った俳句(?)です。

大人は、花がきれいだな〜、とかやってるわけですが、
子供たちはまったく見ていない(笑) 遊びに夢中。
面白いなぁと思いまして。
 
 

スターバックスCEO謝罪

 
アメリカ、フィラデルフィアのスターバックスで、「事件」がありました。

黒人男性2人が、何も買わないで席に座ったので、店長が警察に通報。
警察は到着してしばらく話した後、この黒人男性たちを逮捕しました。

警察が男性たちを逮捕するまでを撮影した、一般の方の動画が出回りまして、
「差別だ!」との批判が猛然と巻き起こりました。

そしてついに、スターバックスのCEOが謝罪することに。



日本の謝罪会見とかと、なんか違いますねえ。。

この謝罪については、おおむね高評価のようですが、
ただその、警察に通報した店長に、世間の批判は向けられていて、
その人の首を差し出さないことにはおさまらないような様相です。


再試訳

 
5年半ほど前に、William H. McNeill の A World History の冒頭を訳してみたことがありますが、もう一度訳してみます。ちょっとは進歩しているでしょうか?


(原文)
The first great landmark of human history was the development of food production. This permitted an enormous multiplication of human numbers, and laid the emergence of civilizations. How, when, and where hunting and gathering gave way to farming and pastoralism is uncertain. One of the most earliest and important instances of this transition took place in the Middle East, between about 8500 and 7000 B.C. Thence, through migrations and borrowings, few of which can be reconstructed by modern scholars, grain cultivation spread into Europe and India, China, and parts of Africa. The Americas, monsoon Asia, and west Africa probably saw the independent invention of agriculture, though this is not certain.


(中公文庫訳)
人間の歴史における最初の注目すべき出来事は、食糧生産の発達だった。これによって人口が飛躍的に増大し、文明発生の基礎が築かれたのである。いつ、どこで、どのようにして、狩猟採集が農耕牧畜に転換したかをはっきり言うことはむずかしい。しかし、この転換の諸例のなかで、最も古く、また最も重要なもののひとつは、紀元前およそ8500年から7000年の間に、中東でおこった。現在、学問的にそれとはっきり事実を再現することはほとんど不可能だが、穀物栽培は、移住や借用によって、そこからヨーロッパ、インド、中国、およびアフリカの一部にひろがったのだろうと思われる。アメリカ大陸、アジアのモンスーン地帯、西アフリカなどでも、それぞれ独立に農耕が発生したらしい。しかし、それに関してはっきりしたことはわからない。


(前回の訳)
食糧生産の発達が、人間の歴史における最初の注目すべき出来事だった。人口が飛躍的に増大し文明発生の基礎が築かれたのは、食糧生産が発達したからである。よくわかっていないのは、いつ、どこで、どのようにして、狩猟採集が農耕牧畜に転換したかである。中東で、およそ紀元前8500年から7000年の間におこった農耕牧畜への転換は、最古で最重要な転換例のひとつである。そこから、インド・ヨーロッパ、中国、アフリカの一部に、穀物栽培がひろがったが、その経路である移住や借用については、現在の学問ではほとんど再現できない。独立に農耕が発生したと思われる地域としては、アメリカ大陸、アジアのモンスーン地帯、西アフリカがあるが、はっきりしたことはわからない。


(今回の訳)
食糧を自ら作り出す方法を発展させたことが、人類史における最初の画期的な出来事であった。それが人口の飛躍的な増大をもたらし、文明の出現する基礎を築いた。狩猟採集から農耕牧畜への移行が、いつ、どこで、どのようにして行われたのかは、よくわかっていない。そうした移行のうち、最も早期で最も重要なものの一つが、紀元前約8500年から7000年の間に、中東で起こった。そこから、人が移住したり、または他地域の人が「借用」して(その過程のほとんどが現在の学者には再現不可能だが)穀物栽培はヨーロッパやインド、中国、そしてアフリカの各地にひろがった。南北アメリカ大陸や、アジアのモンスーン地帯、そして西アフリカでは、おそらく独自に農耕が生み出されたと思われるが、確かなことはわかっていない。
 
 

『聖徳太子』東野治之

 
面白かったです。

聖徳太子――ほんとうの姿を求めて (岩波ジュニア新書)  (Amazon.co.jpにリンク)

先日、著者の東野治之先生の文化功労者選出記念の講演会というのが奈良大学でありまして、聴きに行ったところ面白かったので、御本も読んでみようかなと思った次第。

聖徳太子については、子供のころに読んだ学研まんがの知識で止まっていましたので、イメージを一新される数々の事実に驚かされました。

私の考えていた聖徳太子像は、

・推古天皇の摂政として、蘇我氏の専横を抑え、皇室中心の政治を主導した。
・小野妹子を遣隋使として派遣した。
・「日出ずる処」「日没する処」と国書に書き、隋の煬帝を怒らせた。
・前提として、崇仏の蘇我氏と排仏の物部氏が戦った。

というものでしたが、すべて覆されました。

たとえば、

かつては、太子が皇室とこれを脅かす蘇我氏の間に立って、蘇我氏を牽制し、融和をはかるために作ったのが十七条憲法だと言われたこともありましたが、太子と馬子の共同作業が現実であってみれば、それは当たりません。(p.83)


なんと。聖徳太子と蘇我馬子が共同で作った?

これら(の聖徳太子伝)の中では、太子は小野妹子を遣隋使として派遣した、その当事者になっています。しかしこれは明らかに史実ではありません。(p.92)


聖徳太子が小野妹子を派遣したのではない?

なお、『隋書』ではこの国書を見た隋の煬帝が、こんな無礼な国書は取り次ぐな、と怒ったと言います。今もまちがった解釈をよく見かけるので付け加えますが、その理由が『日出ずる処』『日没する処』という表現にあったのだというのは俗説です。(p.94)


えっ。「日没する処」と書かれて気分を害したと習ったけど?

実際には、物部氏の拠点、河内(大阪府)の渋川にも飛鳥時代の寺院跡が見つかっていて、物部氏も仏教信仰を持っていた可能性を否定できません。崇仏・排仏の闘争がどこまで事実なのか、そのあたりは不明というほかないでしょう。(p.99)


物部氏が仏教を信仰してただぁ?

ふつう私たちが使っている「推古」という名は、奈良時代の末に歴代天皇にまとめて付けられた中国風の諡号の一つです。(p.109)


これは単純に知りませんでした。じゃあ推古天皇は、ご存命中はもちろんのこと、亡くなられてからも100年以上、「推古天皇」とは呼ばれていなかったってことですね。

したがって本書では、太子の役どころは、中国の学問や仏教に対する持ち前の深い造詣をもって、蘇我馬子の主導する政治や外交に、政策を提言し裏付けを与えることにあったと考えました。(p.209)


蘇我馬子が政治や外交を主導し、聖徳太子はアドバイザーみたいなもの。イメージちがうなぁ・・・

そういえば、聖徳太子は「ミコノミコト」という立場であったようですが、これは「エコノミスト」に見えなくもない。(無理やりやな)

読んでいなければ古代史を大きく誤解したままだった、と思える本でした。

学者の厳密さの一端に触れることのできる本でもあります。説明がややくどかったりしますが、これが学者なんですね。

この本で知ったことを踏まえて、法隆寺にも行ってみようかと思います。
 
 

Joan of Arc (Hourly History)

 
昨日に引き続き、ジャンヌ・ダルクの本を読みました。Kindle本。

Joan of Arc: A Life From Beginning to End (Amazon.co.jpにリンク)

コンパクトにまとまった本ですが、いろいろと詳しく、参考になりました。

なんで17歳の普通の女の子をシャルル王太子らが信じたのか、いまいちわかっていませんでしたが、フランスには古くから、「フランスは悪い女のせいで苦しめられ、乙女によって救われる」という伝承があったようですね。

その「乙女」にジャンヌが当てはまったから、みんな信じたということのようです。

(それとやっぱり、イギリスや親イギリス勢力にのさばられて、にっちもさっちも行かず、猫の手も借りたいようなところもあったのでしょう。)

ジャンヌがその「乙女」かどうか、身体検査も課せられたようです。さらに、シャルルにとっては、悪魔の力を借りて王になったとあっては大変なので、彼女が悪魔ではないかどうかも、じっくり検査させたそうです。

その結果、神の使いの乙女であることが認められたわけですが、実力はどうか。7ヶ月ものあいだ籠城を続けるオルレアンにジャンヌは向かいます。

そしてたったの3日でイギリス軍を撃退し、オルレアンを解放します。これは本物だ!

ジャンヌは快進撃を続け、ついにはシャルルをランスの大聖堂に連れて行き、フランス国王にします。ここがジャンヌのピーク。

この後、シャルルに迷いが生じたり口車に乗ったりで、うまく行かなくなります。ジャンヌは敗北を喫します。

運にどんどん見放され、ついに捕えられます。

あとは昨日書いたような経過です。

傑出した人物像が浮かび上がってきます。裁判記録などがわりと残っていて、彼女の勇気と知性と敬虔さを物語っているのですね。

あらためて、魅力的な人物だと思いました。
 
 

Who Was Joan of Arc?

 
困ったときの(?)Who Was 〜シリーズ。
ジャンヌ・ダルクです。(Amazon.co.jpにリンク)

ジャンヌ・ダルクの伝記は、小さい頃に学研まんがの2ページでまとまってるのを読みまして、英語多読を始めてから確か Horrible History で読みまして、3冊目になりますね。

簡単ではありますが充実した内容でした。

捕まってから裁判にかけられ処刑されるまでの経緯が特に詳しい感じがしました。

結局彼女は、敗軍の将としてではなく、宗教裁判にかけられて、異端者として刑に処せられるわけですね。

が、 彼女の死から22年後、イギリス軍はフランスから追い出されて百年戦争が終結し、もう一度ジャンヌの裁判が開かれ、教会により彼女の無実が宣言されます。

その判決文は、25年前にジャンヌが処刑された、まさにそのスポットで読み上げられたとのこと。

さらには1920年、ジャンヌは聖人に列せられます。

異端者から聖人へ・・・死後こんなに激しい振れ幅を見せた人も少ないかもしれません。

というわけで、次はもう少し詳しいのを読んでみようと思います。
 
 

Cashback

 
邦題は『フローズン・タイム』です。(Amazonプライムビデオにリンク)

写真から、いやらしい話を想像して見たんですが、なんかいい話でした。時を大切にして生きようと思いました。

イギリス英語です。あちらのバイトでは、週末のフットサルに付き合わされるのかと。

ヒロインが気のきつそうな美人で、M気な私には胸打たれるものがありました。

そしてあいつはいい友達なんでしょうか? いい友達なんでしょうね。

意外に優しい映画で、見てよかったと思いました。
 
 

2017年 実践ビジネス英語

 
終了しました。(NHKゴガクというアプリで1週おくれで聞いているため)

NHK語学講座は3つほど聴いてましたが、結局最後まで聴いたのは、実践ビジネス英語だけでした。

とは言っても、全部聴いたわけではなく、たぶん8割、7割ぐらいかと思いますが。。

でも、そんなにちゃんと聴いた語学講座って、今まで無かったと思います。よう続いたなぁ。

実践ビジネス英語は、英語比率が高いので勉強になりました。言葉の言い換えとかこぼれ話などが、なるほどと思えました。

話題として印象的だったのは、お盆の時期にやってた、お墓まいりの話です。タイムリーなことやるのねと思いました。

英語力のほうは、どうなんでしょう。あんまりわかりませんが・・・

4月からも同じメンバーとのことなので、引き続き聴いていこうと思います。

あっ! エンジョイ・シンプル・イングリッシュのほうは、肘井美佳さんが関根麻里さんに交代するみたいです。肘井さん、好きだったんですが。

(じゃあちゃんと最後まで聴いてあげなさいよ)
(いや、最後は聴いたんですよ)
(それを「最後まで」と言うの? 君がそんなんだから交代しちゃったんだよ)
(ぼ、僕のせい?)
(おっ、肘井さんがブログで番組のことに触れてはるぞ)
 
 

花びらを舞い上げバイク走り去り

 
桜満開でした。いっぱい見に行きました。

例年よりもだいぶ早く咲いて早く散り始めたので、忙しかったですが、堪能いたしました。

徒然草137段で、「花は盛りに、月は隈無きをのみ見る物かは。」と言っていますが、花盛りと満月が重なりましたね。。それもまた良しでした。

花盛りも素晴らしいのですが、散った花びらが、道路や、川の水面に集まっているのもきれいですね。

道路の花びらが、車やバイクが通るたびに舞い上がるのが良かったので、句にしてみましたが。(夏井先生にめっちゃダメ出されそう…)

あるいは、こっちのほうがいいのか?

 バイクゆく 花びらの風 舞い上がる

わからぬ。(いろいろ直しているうちに、ゲシュタルト崩壊じゃないけど、何がいいのかわからなくなってしまった。。)

こういう季節には、聖子ちゃんの『チェリーブラッサム』を思い出します。

(聖子ちゃんの歌は季節をとても意識して作られていて、かつ、ヒット曲がむちゃ多くて各季節そろっているので、結果として、季節季節に聖子ちゃんの歌を思い出すこととなります。)



いま聴くとイントロもかっこいい名曲で、しかもめっちゃ上手い。ぜいたくな時代でありました。

さて桜。北のほうにはこれから参る所存でしょうか。追っかけて行こうかなぁ。
 
 

春は馬車に乗って

 
横光利一

春は馬車に乗って (Amazon.co.jp)

久しぶりに読みましたが、横光利一ってほんま小説うまいよなあ・・・と思います。

で、内容は全然違うんですが、この名曲(youtube.com)は、『春は馬車に乗って』に想を得たに違いないと思いました。

横光利一といえば他に、旅一座が持ち逃げされてすごい難儀して・・・みたいな小説が印象深いです。あれは何ていう小説だったか・・・ あー、『時間』か。

中学生のころは、電車通学で時間があり、夏目漱石、芥川龍之介、太宰治やらを読んでいました。太宰の文体を真似て作文を書いてたことがありました。『人間失格』とかよりも『女生徒』や『富嶽百景』のようなのが好きでした。

星新一もけっこう読んでた。自分でショートショート書いたりもしてました。植村直己さん小沢征爾さんの青春記も面白かったなぁ。

外国ものでは、スタインベック、ヘッセ、ソルジェニーツィンとか読んでたおぼえがある。内容は忘れたけど、とても重かったような・・・ あと、O.ヘンリーでドンデン返しの妙にハマりました。

傾向としては、私は短篇が好きなようですね。高校になってからフレドリック・ブラウンが好きでしたし。

でも、高校・大学と、あんまり本を読まなかったなぁ。高校はクラブで、大学はバイトと女の子で・・・

まぁそんなわけで横光ですけど、うまいと思います。